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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)10196号 判決

原告 金濱正夫 ほか五名

被告 国 ほか一名

訴訟代理人 押切瞳 清水正三 ほか五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「一 被告らは、連帯して、原告金濱正夫、原告金濱キミ、原告伊藤又男、原告伊藤ナツに対し各金八四一万一、七一二円、原告漆戸功、原告漆戸恭子に対し各金五九一万一、七一二円及び右各金員に対する昭和四八年一二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。二 訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求め、被告国指定代理人及び被告東和工業株式会社訴訟代理人は、各主文、同旨の判決を求め、被告国指定代理人は、原告ら勝訴の場合につき、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二請求の原因等

原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

亡金濱守男(以下「亡金濱」という。)は、昭和四五年一二月二六日午前三時五〇分頃、亡伊藤則男(以下「亡伊藤」という。)の所有する普通乗用自動車(三河五ほ七四七三号。以下「原告車」という。)に亡伊藤及び亡漆戸規(以下「亡漆戸」という。)を同乗させ、茨城県石岡市守横町一、九一四番地先国道六号線上の全長五三・三メートルに及ぶ石岡跨線橋(以下「跨線橋」という。)上(以下「本件道路」という。)を、土浦方面より水戸方面に向け時速四〇キロメートルで運転走行中、折柄、対向直進してきた被告東和工業株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員鈴木米夫の運転する被告会社所有の普通貨物自動車(相模一一さ一八四号。以下「被告車」という。)の上向きの前照灯により眩惑され、制動措置を採つたところ、路面が凍結していたため、原告車は、スリツプ、蛇行を始め、ハンドルによる方向修正不能のまま、跨線橋を通過後センターラインを踰越し、対向車線に横向きに進入し、跨線橋水戸寄り側端より約三〇メートルの地点で、被告車と衝突し、亡金濱、亡伊藤及び亡漆戸は死亡した。

二  責任原因

1  被告国の責任

被告国は、本件道路の管理者として、本件道路を常時良好な状態に保つように維持し、一般交通に支障を及ぼさないように管理する責務があり、冬期降雪等があり、夜間気温が低下するなど、路面の凍結が予見される場合には、除雪液(塩化カルシウム)を散布し凍結防止を計り、又はスリツプ注意等の注意標識をかかげ通行車両の運転者に注意を喚起し、凍結の状況によつては一時通行止めの措置を採る等して道路の安全性を維持すべきところ、跨線橋は他の道路部分に比べ路面が凍結しやすく、加えて、本件事故現場付近では過去スリツプ事故が多発し、事故前日夜間より日本全国各地において降雨、降雪を伴つた本格的寒波が襲来し、本件道路面の凍結が予想されたのであるから、本件事故時までには前示の如き措置を採るべきであつたにかかわらず、そのいずれの措置も採らず、ために本件道路路面はアイスバーン状態に凍結していたから、本件道路は通常それが備えるべき安全性を欠いていたものというべきである。しかして、本件事故は、亡金濱が制動措置を採つた際、本件道路面の凍結のためスリツプ蛇行を開始し、センターラインを踰越したことにより発生したものであるから、本件事故は、公の営造物である本件道路の管理の瑕疵に起因するものというべきであり、したがつて、被告国は、国家賠償法第二条第一項の規定に基づき、亡金濱、亡伊藤、亡漆戸及び原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

2  被告会社の責任

被告会社は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であり、本件事故は、被告会社の被用者である鈴木米夫が被告車を運転中、対向直進車である原告車と行き違う際、前照灯の光度を減じ下向きにする操作をしなかつたため、亡金濱をして制動措置を採ることを余儀なくせしめ、かつ、制限最高時速五〇キロメートルをかなり上まわる速度で走行していた過失に起因するものであり、本件事故当時、同人は被告会社の事業を執行中であつたから、被告会社は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定又は民法第七一五条第一項の規定に基づき、本件事故により亡金濱、亡伊藤、亡漆戸及び原告らの被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

三  損害の発生

亡金濱、亡伊藤、亡漆戸及び原告らが、本件事故により被つた損害は、次のとおりである。

1  亡金濱、亡伊藤及び亡漆戸の各得べかりし利益並びに原告らの相続

本件事故当時、亡金濱及び亡伊藤はいずれも二二歳、亡漆戸は一九歳のいずれも健康な男性で、亡金濱及び亡漆戸は大学生、亡伊藤はトヨタ自動車工業株式会社の従業員であり、本件事故に遭わなければ、いずれも二二歳(亡金濱及び亡漆戸については大学卒業時の年令)以降三八年間は稼動可能であるはずのところ、同人らは右稼働期間中、いずれも、昭和四四年度労働大臣官房労働統計調査部発表の賃金構造基本統計調査報告(以下「賃金センサス」という。)中、産業計、企業規模計、高専・短大卒男子労働者の全年令平均賃金年額金一三一万八、四〇〇円(一か月金八万一、八〇〇円、年間賞与金三三万六、八〇〇円)を下らない収入をあげえたものと評価することができ、この間の同人らの生活費はいずれも右金額の五〇パーセントを超えないから、これを右金員から差し引き、以上を基礎としてホフマン方式により年五分の中間利息を控除して同人らの各得べかりし利益の本件事故時の現価を算定すると、いずれも金一、三八二万三、四二四円となるところ、原告金濱正夫及び原告金濱キミは亡金濱の、原告伊藤又男及び原告伊藤ナツは亡伊藤の、原告漆戸功及び原告漆戸恭子は亡漆戸の各父母であり、それぞれ他に相続人はいないから、原告金濱正夫及び原告金濱キミは亡金濱の、原告伊藤又男及び原告伊藤ナツは亡伊藤の、原告漆戸功及び原告漆戸恭子は亡漆戸の、前記各逸失利益金一、三八二万三、四二四円の損害賠償請求権をそれぞれの法定相続分(いずれも二分の一)に応じ、各金六九一万一、七一二円あて相続した。なお、亡伊藤の逸失利益については、同人の昭和四五年度の所得総額は金八五万五、九八〇円であるが、将来の昇給率等を考慮すると、前記のとおり賃金センサスによるべきである。

2  原告らの慰藉料

原告らは、いずれもその子供を若年で喪い、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つたものであるところ、これに対する慰藉料はいずれも金一五〇万円が相当である。

なお、前記1の得べかりし利益につき、認容額が各原告の主張額に満たない場合には、慰藉料の算定に当たり、その差額を加算して請求する。

3  損害のてん補

原告漆戸功及び原告漆戸恭子は、自動車損害賠償責任保険より、各金二五〇万円を受領し、これを各損害の内払金として充当した。

四  よつて、本件事故に基づく損害賠償として、被告らに対し、連帯して、原告金濱正夫及び原告金濱キミ、原告伊藤又男及び原告伊藤ナツは、いずれも、前項1及び2の合計金八四一万一、七一二円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和四八年一二月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告漆戸功及び原告漆戸恭子は、いずれも、前項1及び2の合計金員より3の金員を控除した金五九一万一、七一二円及びこれに対する前同様昭和四八年一二月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五  被告会社の免責の抗弁に対する答弁

被告会社の免責の抗弁事実は、争う。

第三被告国の答弁

被告国指定代理人は、本訴請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求原因第一項の事実中、原告ら主張の日時及び場所において亡金濱の運転する亡伊藤所有の原告車が被告車と衝突し、亡金濱、亡伊藤及び亡漆戸が死亡したことは認めるが、事故当時現場付近の路面が凍結していたとの点は争い、その余の事実は知らない。

本件事故現場付近において本件道路は、中央線により上下各一車線に区分された全車道幅員七メートル、両路肩部分各一・五メートルのコンクリート舗装道路となり、跨線橋の長さは五一・七メートル、その水戸寄り側端から水戸方向約一四〇メートルは三パーセントの下り勾配となつていた。本件事故当時、天候は時折りの小雪(自衛隊百里基地、航空気象観測日表Bによると、本件事故当日午前零時から八時まで降水量〇・三ミリメートル、気温零度、積雪の深さ零センチメートルであつた。)であつたが、本件事故現場付近の路面は濡れている程度で凍結してはおらず、仮に降雪により凍結しうる状態であつたとしても、本件事故当時は年末で、大型トラツク等が毎分一〇台程度通行していたから、路面が凍結することはありえず、事故後跨線橋上が凍結していたとしても、それは本件事故による交通遮断の結果にすぎず、事故時点では凍結していなかつたのである。

二  請求原因第二項1の事実中、本件道路が被告国の管理に係る道路であり、路面凍結が予想される際及び路面凍結時には、被告国が道路管理者として、直ちに臨時のパトロールを実施し、路面上の積雪や氷による交通障害を防止、軽減するため、雪氷の除去、防止作業その他の雪氷処理を必要に応じ実施したり、路面が凍結して滑走の危険がある旨の標識を設け、又は通行止めの措置を採る等原告ら主張のような道路管理をなす責務のあることは認めるが、その余の事実は争う。

本件事故の発生した道路は、東京都中央区日本橋を起点とし、水戸市を経由して仙台市国分町に至る一般国道六号で全区間道路法第一三条第一項にいう指定区間であり、その管理は建設大臣が行い、本件事故現場付近の具体的管理業務は、建設省関東地方建設局常陸工事事務所及び土浦出張所が担当していたが、前述のとおり、本件事故当時、時折の小雪はあつたが積雪状態になる程ではなく、したがつて、夜間の気温低下による路面凍結は予想し難く、一日一回定期巡視のほか臨時パトロールを実施する必要性はなく、しかも、本件事故現場は見通し良好な直線道路で、急ブレーキ措置を要する場所でもなく、過去に凍結によるスリツプ事故の発生したことのない場所であつた。

のみならず、本件事故は、亡金濱の運転未熟とスピードの出し過ぎという重大な過失に起因する。すなわち、亡金濱は、運転経験が浅く、加えて、亡伊藤所有車を運転していたため、その機能、操縦に不慣れであり、また、本件事故当時は小雪が降り路面が濡れていたのであるから、急制動を掛けた場合車がスリツプすることを念頭において、減速運行する等十分安全運転に留意すべきであつたにかかわらず、跨線橋の約五〇メートル東京寄りに設置された黄色燈火点滅による他の交通への注意喚起信号を無視し、更に、上り坂の頂上付近に当たる跨線橋上においても徐行せず(道路交通法第四二条)、道路状況を配慮せぬまま時速六、七〇キロメートルで走行したため、対向車の前照灯の光に眩惑され制動措置を採つたところ、原告車に不慣れであつたため、急制動を掛けた状態となり、スリツプして横滑りしたが、ブレーキから足を離すこともせず、そのまま対向車線に原告車を急進入させ、本件事故を惹起させたものであつて、道路管理者にはこのような事故をまで想定して道路を管理する義務はない。

三  請求原因第三項の事実中3の事実は認めるが、原告らの相続の事実は知らない。その余の事実は、争う。

第四被告会社の答弁

被告会社訴訟代理人は、本訴請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求原因第一項の事実中、原告車の時速が四〇キロメートルであつたとの点及び亡金濱が被告車の前照灯の光に眩惑されたため急制動の措置を採りスリツプしたとの点は否認し、路面が凍結していたとの点は知らないが、その余の事実は認める。

二  請求原因第二項2の事実中、被告会社が被告車を所有し自己のため運行の用に供していた者であること、及び本件事故当時被告会社の被用者である鈴木米夫がその事業の執行として被告車を連転していたことは認めるが、事故当時被告車の時速が制限最高速度をかなり上まわつていたこと、及びその前照灯が上向きであつたことは否認する。

三  請求原因第三項1の事実中、原告金濱正夫及び原告金濱キミは亡金濱の、原告伊藤又男及び原告伊藤ナツは亡伊藤の、原告漆戸功及び原告漆戸恭子は亡漆戸の各父母であり、それぞれ他に相続人がいないこと及び同項3の事実は認めるが、その余の同項の事実は争う。

四  免貴の抗弁

亡金濱は、下り勾配で、しかも、原告らの主張によると、路面が凍結状態であつた本件道路を無謀にも高速度で走行したため、被告車の約一二・六メートル手前付近で突然スリツプし、ハンドル操作不能のまま被告車進路前方に道路中央線に対しほぼ直角に近い角度で進入してきたのであり、これに対し、被告車は前照灯を下向きにしたまま、時速約五〇キロメートルで進行していたのであるから、本件事故はひとえに亡金濱の一方的な過失により生じたもので、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告会社は、自賠法第三条ただし書の規定に基づき、本件事故により亡金濱、亡伊藤、亡漆戸及び原告らの被つた損害につき賠償すべき義務はない。

第五証拠関係〈省略〉

理由

(本件事故の発生及びその状況並びに本件事故現場付近の状況等)

一  原告主張の日時及び場所において、亡金濱の運転する亡伊藤所有の原告車が被告車と衝突し、亡金濱並びに原告車に同乗の亡伊藤及び亡漆戸が死亡したことは本件当事者間に争いがないので、本件事故発生の状況及び本件事故現場付近の状況並びに本件道路の管理状況等につき審究するに、〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、

(一)  本件事故現場は、国鉄常磐線石岡駅の南方約五〇〇メートルの地点で、東京都中央区日本橋を起点として、水戸市を経由して仙台市国分町に至る一般国道六号線上にあり、六号線は、本件事故現場付近では、センターラインにより片側一車線に区分された歩車道の区別のない幅員約一〇・六メートル(ただし、本件事故現場の約三〇メートル西方東京寄りに設置されている石岡跨線橋上は、幅員約九・五六メートル)のほぼ東西に直線状に走るアスフアルト舗装道路となり、制限最高速度は五〇キロメートル毎時と規制され、交通量は昼夜とも多かつたこと、及び本件道路は、橋長五二・七メートルの跨線橋(その下に国鉄常磐線及び関東鉄道参宮線の軌道敷がほぼ南北に設けられている。)の西端の西方約二〇メートル付近を頂点とし、東西にそれぞれゆるい下り傾斜(傾斜度約三パーセント)を呈しているが跨線橋上は全体としてほぼ平坦状であること、並びに跨線橋西側の軌道敷沿いは軌道敷より一段高い土手となり、跨線橋東側は軌道敷とほぼ同じ高さの田等のある平地で、本件傾斜道路敷のみ一段高くなり跨線橋に至つていたこと、

(二)  亡金濱の運転する原告車は、時速約五〇キロメートルで本件道路を東進(東京方面から水戸方面へ)し、上り勾配を上りつめたところで、ブレーキをかけ、跨線橋を通過し下り勾配にかかつたが、後記認定の道路状況、特に跨線橋上が凍結していたこともあつて、跨線橋東端附近でスリツプ状態となり、その東方約二二・五メートル付近において、突然右急旋回をし、車体を進行方向にほぼ直角に向けたまま対向車線に右斜めに進入したところ、折柄、鈴木光夫は被告車を運転し、本件道路上り勾配を前照灯を下向きにし、時速約四〇キロメートルで東京方面へ西進中、突然自車前方約一二・一メートル付近の対向車線上で右急旋回をし自車線に進入してきた原告車を認め、直ちに急制動措置を採つたが、制動効果を生ずる間もなく、約四・六メートル直進した後、被告車前部が原告車左横に衝突し、そのまま原告車を約八・六一メートル押し上げて停止し、右衝突により、亡金濱、亡伊藤及び亡漆戸は負傷し、間もなく死亡するに至つたこと、

(三)  本件事故現場付近の気象は、事故前日来の寒波の襲来に伴い、前日昼以来積雪に至らぬ程度の弱い連続性の小雪又はみぞれが降り続き、北の微風が吹いていたとともに、前日夜半より気温が摂氏零度に降下した(本件事故現場の約一三キロメートル東方に位置する自衛隊百里基地における観測結果によれば、前日昼以来、天侯は断続する弱い連続性の小雪、降水量は前日来三時間当り〇・三ないし〇・四ミリメートルで、事故当日の午前三時ないし午前九時の間は〇・一ミリメートル以下であり、積雪の深さの最大値は零センチメートル、風速八ノツトないし一〇ノツト前後の北の風、気温は事故前日昼頃から摂氏二度を上まわらず、事故当日午前零時以降摂氏零度であつた。)ため、本件事故当時跨線橋上路面一帯は薄く凍結し、その他の道路部分は湿潤し路上に小雪が舞い落ちている状態で、いずれも、滑走しやすい状態になつていたこと、

(四)  本件事故現場付近の国道六号線は、建設省関東地方建設局常陸工事事務所土浦国道出張所がその管理を担当していたところ、同出張所は、所長以下二九名の所員を擁し、六号線のうち千葉県我孫子市青山地先から茨城県東茨城郡美野里町に至る全長約五五キロメートルの道路管理業務を、関東地方建設局道路巡回実施要領に従い、三か月に一度の定期巡回、二週間に一度の夜間巡回及び毎日一度の巡回(以下「毎日巡回」という。)をパトロールカーを用い、必要に応じて徒歩で実施するほか、常陸工事事務所からの情報網、電話による気象通報、備付けの磁気雨量計の計測及びガソリンスタンド経営者等道路交通情報を入手しやすい民間人(当時九人)に委嘱した道路情報モニターから随時提供される道路交通情報等により、降雪等による交通障害の発生が認知され、又は発生が予想される場合等の異常事態に際し、重点的に危険個所を巡回し、道路状況等を敏速適確に把握し、異常時における適切な応急措置及び予防措置を講ずるための特別巡回を行い、実施してきたところ、同出張所は、本件事故前日の毎日巡回時の往復に際し、午後二時頃及び午後三時頃跨線橋をパトロールで巡回した際路面に何ら異常がなく、また、同日より本件事故発生までの間跨線橋付近の道路情報モニター(跨線橋の西端付近には、同出張所がモニターを委嘱している日石石岡給油所があつた。)から何らの異常通報もなく、常陸工事事務所から特別の情報提供もなかつたところ、右毎日巡回終了後、本件事故時まで特別巡回を実施することなく、本件事故発生後、所轄石岡警察署から跨線橋凍結の通報を受け、はじめてその事実を知り、同日午前七時頃パトロールカーを派遣したが、その際には既に凍結は融解していたこと、及び前記管理道路五五キロメートルの間には、全長約一、〇〇〇メートルで、水面との高度差が少ない大利根大橋をはじめ橋梁、急カーブ、急勾配等が多く、これらの場所が冬期降雪による路面凍結の危険度が高く、特に、例年二月下旬ないし三月上旬の降雪時に凍結が多かつたことから、同出張所は、その時期には、右大利根大橋等の橋梁三か所、急カーブ及び急勾配等を要注意個所とし、重点的に巡回し、必要に応じて融雪剤(塩化カルシウム)、砂等を散布していたが、跨線橋等直線及び緩やかな勾配部分については、例年一二月末頃の降雪は小雪が多く、気温もさまで低下せず、通行量も多いことから、路面が凍結することが殆んどなかつたので、格別重点的な巡回対象とはしたことはなく、また、昭和四三年一月ないし昭和四八年八月までの間、跨線橋上で、凍結に起因する交通事故は本件を除きなかつたこと、

以上の事実を認めることができ、〈証拠省略〉中、右認定に反する部分は、〈証拠省略〉に照らし、たやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(被告国の責任について)

二 本件道路が被告国の管理に係る道路であることは原告らと被告国との間に争いないところ、原告らは、本件事故は、本件道路の管理者である被告国が、本件事故当時、全国的に降雨、降雪を伴つた寒波が襲来し、跨線橋の凍結が予想しえたにかかわらず、除雪剤を散布し凍結防止を計るが、又はスリツプ注意等の注意標識を掲げ通行車両の運転者に注意を喚起し、状況によつては通行止めの措置を採る等凍結に起因する事故を防止するため必要な措置を採らなかつた本件道路管理の瑕疵に基因する旨主張するので、以下この点を審究する。

(一)  上叙認定の事実によれば、本件事故当時、跨線橋上は凍結状態にあつたが、跨線橋下は吹き抜けで凍結し易い構造をなし、現場付近では前日来の全国的な寒波の襲来に伴い同日昼以来小雪又はみぞれが降り続き、北の微風が吹き、同日昼頃から気温は摂氏二度を上まわらず、夜半より摂氏零度に降下していたのであるから、被告国(土浦国道出張所)において、跨線橋上が、場合によつては凍結するやも知れないことを全く予想しえなかつたものとはいい難い。しかし、道路面の凍結現象は、当該道路の地理的、気候的、地形的条件及び道路構造のみならず、刻々と変化する気象条件がこれに加わり、一時に広域にわたり発生する自然現象であつて、その程度もまちまちであり、地域によつては一過性の現象にすぎない場合も多いのであるから(現に、本件事故当日の午前七時頃には右跨線橋上の凍結は、融解していた。)、石岡市を含めかかる地域においては、道路管理者に対し、最低速度規制のある高速道路のように特殊な目的を有する道路以外の一般道路についてまで、そのあらゆる凍結現象に対し、常に融雪剤の散布、注意標識の掲示等の管理行為を法的義務として要求することは、人的、物的、時間的におよそ不可能を強いるものといわざるをえず、また、自動車運転者は、走行中の道路の地理的、気候的、地形的、構造的諸条件及び目前の気象状況、道路状況に即応し安全走行すべき義務があることはもちろんであるから、道路管理者が、自動車運転者に社会通念上要求される一般的な運行態度を予定し、これを前提に道路の客観的な危険性の有無を適確に判断し、道路の通常有すべき安全性を確保すべく、道路の管理を行うことは、当然許されるべきものと解するのが相当であり、したがつて、当該道路の管理者は、道路の凍結の状況が、地形的、構造的諸条件に照らし、車両運転者が前示の一般的な運行態度による通行方法を採る場合においても、なお、客観的な危険性が予測され、交通上の危険を誘発するおそれがある場合につき、その危険を排除し、道路の通常の安全性を確保するため、凍結状態を融解し、又は注意標識を掲示し、あるいは必要に応じて通行止めの措置を採る等の管理義務を負うものというべきである。

(二)  右の見地に立つて、本件をみるに、上叙認定の事実によれば、跨線橋の本件凍結現象は、気温が摂氏零度に達した本件事故当日の午前零時以降に始まり、同日午前七時以前には既に融解していたものと推認することができ、その凍結の程度については、本件事故当日の気温は摂氏零度を下らず、降水量は事故前日以来三時間当たり〇・四ミリメートルを超えず、積雪も零センチメートルに止まつていたから、路面は薄く湿潤した程度で、全面的に水膜が生じている状態には至つておらず、これが凍結し、通行車両のタイヤの摩擦熱により融解と凍結を繰り返していたものと推認しうるものであり、また、跨線橋付近の道路は直線状で、跨線橋の前後は三パーセント程度の勾配をなしているが、跨線橋全体としてはほぼ平坦な構造となつており、本件事故当日はもちろんその前後五年余りの間、厳寒期である一月ないし三月の間を通じても、本件事故を除き、跨線橋凍結による交通事故が発生したことはなく(右期間以前も、同種事故が発生したものと認めるに足りる証拠はない。)、厳寒期における要注意場所ともみられていなかつたのであるから、本件道路付近は、本件事故当時、運転者が道路の具体的状況に応じ通常要求される運行上の注意を払いさえすれば危険発生のおそれはなかつたものと認むべく(本件事故は、むしろ、原告車の当時の道路状況についての通常の運行上の注意を欠いたことによるものと推認するのが妥当である。)、この事実に前示認定に係る被告国の跨線橋付近の道路の管理体制及び管理状況等を併せ考えれば、本件事故当夜、特別パトロールを実施しなかつたとはいえ、被告国の土浦国道出張所の本件跨線橋上道路の管理について格別の瑕疵があつたものとは、到底認めることはできない。

(三)  してみれば、被告国に対し、道路管理の瑕疵があることを理由に、その道路管理者としての責任を問う本訴請求は理由がないものといわざるをえない。

(被告会社の責任について)

三 被告会社が被告車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であること、及び本件事故当時、被告会社の被用者である鈴木米夫がその事業の執行とし被告車を運転していたことは、原告らと被告会社の間に争いがないところ、上叙認定の事実に徴すると、本件事故は、専ら亡金濱の運転する原告車が突然センターラインを越えたことに起因し、本件の場合、被告車が原告車との衝突を回避することは、およそ不可能というべきであり、被告会社及び被告車の運転手鈴木米夫には被告車の運行に関し何らの過失もなかつたものと認めるを相当とし、また、前記認定の事故状況に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故に関し、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたものと認められるから、被告会社は、自賠法第三条ただし書の規定に基づき本件事故による原告らの損害を賠償すべき義務はなく、また、鈴木米夫に原告主張のような過失も認められないから、民法第七一五条第一項の規定による賠償義務を負ういわれもないものというべきである。

(むすび)

四 以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九三条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内乗統 丸山昌一)

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